石原海「激雷」に寄せて
著:齋木優城(キュレーター)

 「ここは、日本で一番雷が落ちる場所。いつも危険と隣り合わせで、はみ出し者たちが身を寄せ合って生きている」― 石原海《激雷》は、こんなモノローグから始まる。昔話の語りを彷彿とさせるようなストレートな物語性こそが、本作品の真骨頂ともいえるものであろう。

 ジャン=フランソワ・リオタール(Jean-François Lyotard, 1924-1998)は、社会において科学と啓蒙主義の理性を正当化するために使用された普遍的な言説を「大きな物語(Grands récits)」と名付けた[1]。これは「人類全体がそれの達成によってのみ救われることを約束する理念」(石毛 2007、58頁)であり、歴史や社会に対する一元的なビジョンを提示する言説である。しかしリオタールは、普遍的な科学理論や善悪の判断の根拠となる「大きな物語」に対する信憑性はすでに失われているとし、大きな物語の終焉後の世界をポストモダンと呼んだ[2]。「大きな物語」に対して生まれるポストモダンの物語は「小さな物語(Petits récits)」であり、これは「大きな物語では語られえなかったことを語ろうとする言説であると性格づける」(石毛 2007、63頁)ことができるものである。

 ここに浮かび上がってくる「小さな物語」は多岐にわたる。例えば、石毛は「男性中心主義的な歴史観にたいする女性からの反論」あるいは「西洋中心史観への疑問を提示するポストコロニアル批判」(石毛 2007、62頁)を「小さな物語」として例示している。これらに加え、異性愛以外の性的指向を持つ者を排除する異性愛中心主義(Heterosexism)や、肉体的・知的な能力主義に基づくエイブリズム(Ableism)、英語など特定の言語が政治的・文化的に支配的になる言語帝国主義(Linguistic imperialism)への批判なども「小さな物語」と呼べるものだろう。あるいは、巨大な国家単位の土地の侵略や大量虐殺ではなく、ひとりひとりに固有の命と暮らしを守ることに力点を置く政治的態度も、「小さな物語」に内包されうるものかもしれない。

[1]同様の意味で「メタ物語(métarécit)」という言葉が使用される場合もある。「大きな物語」概念のまとめにあたっては石毛(2007)を参照。翻訳は小林康夫訳(1989)を参照。

[2]  このフレーズは哲学だけでなく、現代芸術を語る上でもキータームとして使用される。石毛によれば、ポストモダン/モダンという語は時代的区分ではなく、異なる思想体系を解釈するための概念として用いられる(石毛 2007、63-65頁)。

 翻って、《激雷》にあらわれる物語とはどのようなものだろうか?石原は、複数のインタビューにおいて自身の作品の骨子が「色々な人にわかる物語」であることを明らかにしている。

   今の社会は、政治的にも困難な時期を迎えているように感じます。そんな時代だからこそ、「色々な人にわかる」ことこそが大事だと思っています。(石原・齋木 2018)

    できる範囲で、少しでも傷つく人がいないとか、弱い人たちが弱いまんま生きられるような社会にしたい。そのためには声をあげたり、そんな声を含んだ作品を作らないといけないなって気持ちはすごくあります。(石原・野中 2019)

石原が思い描く「色々な人にわかる物語」[3]とは、すなわち「はみ出し者たち」、従来の社会から見えないものとして扱われたり、心や身体あるいはその両方に深い傷を負った弱い者たちが共感を寄せることのできるストーリーを想定しているのではないだろうか。《激雷》に登場する地下クラブは、従来の「大きな物語」が到達を目指す社会理念とは切り離された別の世界を象徴しているようでもあり、時には敬遠されるような場所でもあるのだろう。その一方で、自身の運命を変えるため雷に打たれることを強く願うアオイの姿、伝承を信じているからこそ発せられる「雷、来い!」という心からの叫びは、社会の普遍的なあり方を規定する「大きな物語」の外側へ向かうことを求める生々しい欲望である。雷に打たれることで人生が変わるという伝承は、もしかしたらとても単純で、朴訥すぎる物語かもしれない。しかし、アオイにとってはその伝承こそが自分自身を支えるたったひとつの希望であり、そのシンプルな物語にこそ、魂の寄る辺を見出している。

ここにあらわれるのは、ある種「小さな物語」を内包する新しい「大きな物語」の存在であるといえるだろう。誤解を恐れずに言えば、石原が描く物語の内実には、「大きな物語」の終焉後に「小さな物語」へと向かうというポストモダン的図式の書き直しが含まれているのだ。これは、かつて世界の潮流を基礎づけた「大きな物語」を打破し、これまで語られ得なかった誰かにも語りかける行為であるとも換言できるだろう。《激雷》のラストシーンにあらわれるイコノクラスティックな描写は、この破壊と創造のプロセスを象徴しているといえるかもしれない。本作が示唆するのは、「小さな物語」に下支えされた個別の世界―それは、かつて「大きな物語」の中で無きものとされてきた人々の世界であるのだろう―を生き抜くため、心の拠り所として別の壮大な物語に縋る人々の肖像である

[3] 近年になり、石原は汐月(2024)の随筆の中で出会った「アンテナを張っている高校生がギリギリわかる難易度」汐月(2024、 6 頁)という言葉を「色々な人にわかる物語」のディティールを表現するため使用することもある。

2024年10月16日、Godspeed You! Black Emperor “BABYS IN A THUNDERCLOUD”を聴きながら

(文責:齋木優城)

参考文献

Lyotard, Jean-François. 1979. La condition postmoderne: Rapport sur le savoir. Paris: Les Éditions de Minuit.(小林康夫訳
(1989)『ポスト・モダンの条件 知・社会・言語ゲーム』水声社)
石毛弓(2007)「リオタールの大きな物語と小さな物語 概念の定義とその発展の可能性について」『龍谷哲学論集』
vol. 21、53–76 頁
汐月陽子(2024)「 ベッドルームで再生される手紙は螺旋状に踊る」まどかしとね『サイボーグ魔女宣言』 6-15 頁、
BCCKS
野中モモ(2019)「 悪夢みたいな現実の中、ガールズムービーを作る理由。石原海の長編デビュー映画『ガーデンア
パート』」 GINZA, 14 June 2019, ginzamag.com/categories/culture/117448. Accessed 15 Oct. 2024.
齋木優城(2018)「 サウスイースト・ロンドンにちらばる「物語的瞬間」のコレクション。石原海が語るロンドン留
学生活」Partner, partner-web.jp/article/?id=2036. Accessed 12 Oct. 2024.