‘LOST WEDDING RING BUT NOW FOUND’ Video Installation

LOST WEDDING RING BUT NOW FOUND Loop Video Installation, 2016

Group Exhibition PINK QUEENDOM at Shinjuku Ophthalmologist Gallery, 2016



A fake music documentary about a woman looking for a stranger's lost wedding ring.

知らない誰かの失くした指輪を頭の片隅で探す、嘘の音楽ドキュメンタリー。


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ウエストエンドの真ん中にある池を取り囲んでる柵に「結婚指輪をこの近くで失くしてしまったの!もし見つけた人はここに電話をください」という張り紙がはってあったのが先週。土曜日の朝、コーヒーを飲みにここら辺をふらふらと歩いてるときに見つけた。

その翌週の土曜日、アタシはまたウエストエンドまでコーヒーを飲みに行き、帰りの足でついでにレコード屋に寄ろうとした。でもその前にふと思い出して、先週見つけた貼り紙の前を通ってみる。結婚指輪、見つかったのかな。てくてくと貼り紙があったところまで歩き、目を向けるとそこにはまだ同じ貼り紙が貼ってあり、今度はこう付け加えられていた。「指輪が見つかりました!ちゃんと帰ってきました!どうもありがとう!」アタシは嬉しい気持ちになって(まるきり記念写真のように)その貼り紙を写真におさめた。太陽の光が眩しかった。そしてアタシは、まだ行ったことのない、ネットで見つけたレコード屋にいそぐ。レコード屋の名前はファットキャットレコードと言う名前で、ウエストエンドの端っこにある奥まったビルの二階に位置していて、注意して探さなきゃ、きっと見つけられないような場所にあった。

カランコロン、というひかえめなベルを鳴らしてレコード屋に入る。AlmaのI'm a Lonely House Wifeが流れている小さな空間は、きっと自分で塗ったんだろういびつな壁と、汚れまくった木の床で覆われていて、すごくかっこよかった。意外と日当たりがよくて、部屋の奥のほうにはレコード屋のオーナーであろうお姉さんと、常連なのか友達なのか、ふたりの黒づくめの若い男の子がレジカウンターに寄りかかって瓶ビールを飲んでいた。いいなあ、と素直に思った。アタシもああゆう風に、あそこで一緒にビール飲んだりする日が来るのかな。彼らを羨ましく思いながら、うつむくようにびっしりと並べられたレコードに目を向ける。あのカウンターの奥にいるお姉さんに顔を覚えてもらいたいから、絶対にレコード買わなきゃ。そしてアタシは、若くて、有名ではなくて、そして真剣に戦っているようなミュージシャンのレコードを買おうと決める。もう死んぢまった偉大なミュージシャンの音源なんてネットで聴けばいいんだ。アタシたちは金がないんだから、同じく金のない、これから偉大になる可能性があるミュージシャンのレコードを買ったほうがいいと思うんだよね、と心でつぶやく。本当は、こうゆう話をできる音楽が好きな友達がいれば最高なんだけど。しばらくして黒づくめの男の子ふたりがケラケラと去っていったあと、アタシは悩んで決めたLilyのレコードをレジまでそそくさと持っていく。レコード屋の姉さんは、アタシが手にしているレコードにちらっと目を向けていいチョイスだねってウインクをしてくれた。アタシは、思わずモジモジしてしまう。実は、Lilyの音楽をちゃんと聴いたことはなかった。これを選んだのは、丁寧なポップとともにかっこいいジャケットが壁に並べてあったからだった。お姉さんは、こっそりとアタシに教えてくれる。Lilyはトランスジェンダーでね、パンクな奥さんを連れてそこらへんの道をたまに歩いてるんだよ。二人ともすげえかっこいいんだ。えへ、そうなんですか!ああ、でもそんなことよりも、いまアタシの目の前にいるレコード屋の姉さんがかっこよくて、気を引きたくて、思わず、彼女の発した何気ない言葉に大袈裟な反応をしちゃった自分が憎らしかった。なんてこの女の人はクールなんだろう。黒髪で、分厚い唇と細い目が、めっちゃエロいと思った。そんなことをぼんやりと考えながらしばらく会話をしていたら、お姉さんはまたウインクをしながら切れはしの紙になにやら文字を書いて、アタシに渡してきた。携帯の番号だった。ちょうど来週ね、Lilyがまたこの街にやって来るんだ。いまお店で流しているAlmaと一緒に演奏するんだよ、きっとすげえいいギグだと思うんだ、よかったら一緒に行こうよ。アタシはにっこりと微笑んでうなずく。ねえ、このレコード屋に入った瞬間から、こうなることを知ってたような気がしちゃったよ。

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本当のことを言えば、アタシはレコード屋のお姉さんがレズビアンだということをすでに知っていた。なぜなら、アタシが登録しているレズビアンの出会い系サイトで、このお姉さんのプロフィールを見かけたことがあるからだった。そして、いまは恋人がいないってことも。彼女をサイトで見つけた時、(そもそも音楽の趣味が良さそうな女の子は、このサイトにはなかなかいなかったから)すぐにピンときた。それで、「いつものように」カジュアルにメッセージするか少し迷って、そしてアタシは彼女のやってる、目立たない場所に位置するレコード屋に直接来てみることを選んだ。緊張したけど、来てよかったと心から思った。いつだって、まったく知り合いのいない、かっこいい場所に行くことは緊張するもんだよね。そしてアタシは、お姉さんと話している間ずっと握りしめていたせいでくしゃくしゃになってしまった、電話番号が書かれている紙を大切に手帳の中に挟む。ファットキャットレコードって名前がついてるくらいなんだから、このお姉さんはタチじゃなくてネコなのかもしれない、と下世話な妄想が頭の中でパンパンに膨らんできて、自分の心が静かに高鳴る気持ちを抑えることに必死だった。本当はさっきの男の子たち二人のように、ずっとここでお姉さんと喋っていたかったけど、なんだか恋の始まりはなるべく簡潔な方がいい気がして、名残惜しい気持ちとLilyのレコードを抱えてお店を出る。また来ます、ライブ誘ってくれてありがとう、絶対に電話しますね、と言って、お姉さんに手を振った。お姉さんは、細い目をさらに細めて、おー、またね。と言った。

外に出ると、日当たりのいい店内とは比べモノにならないくらいの直射日光が射していて、アタシは思わず目を細め、さっきのお姉さんの切れ長な目元を思い出して、少しだけドキドキとする。例のレズビアンの出会い系サイトで出会ったある一人の女の子と真昼間にセックスをしてホテルを出た時、その子は太陽の光を浴びながら「気になっている人とエッチをしたあとだと景色が違ってみえるね」と言ってきたことがあって、突然何を言ってんだこいつ気持ち悪いなあと思ったけど、いつかのあの子、ごめんね、アタシ、いまセックスすらしていないけど、あのレコード屋を出た時に景色はまるで違って見えたよ。ねえ、何でこんなに愛って難しいんだろうね。そしてまた、あの貼り紙があった通りまでアタシは歩く。家に早く帰ってLilyのレコードを聴きたかったけど、なんとなくあの場所にまた戻ってみたかった。車通りが多い、けっして居心地の良いわけではない貼り紙の目の前で、アタシはぼんやりとその看板を見ながら、一本だけ煙草を吸って、そして家に帰った。


誰かさんの結婚指輪は無事に見つかったし、物語はまだはじまってもいなかった。ウエストエンドにある美味しいコーヒー屋さんの場所も覚えたし、太陽はキラキラしていた。そして何よりレコード屋さんのお姉さんは、思っていた以上に魅力的だ。いつも暇になると見ちゃうレズビアンサイト、お姉さんともしデートできたら退会してみようかな、と考えてみる。これは全部、君の知らないアタシの、本当のはなし。

 

exhibition view
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Director : Umi Ishihara
Cast : ALMA / Lilium Kobayashi
This project is a part of PINK QUEENDOM